魚へんに弱いと書いて鰯

弱いわたしへ弱い君へ

生きてる

わたしは いきている

 

わたしは いきている

 

わたしは いきている

 

 

 

 

ブログが、生きていた。

 

 

すっかり、忘れていた。

 

もう、消したと思っていた。

 

 

わたしは 生きている

 

去年より、一昨年より、その前より

 

 

だんだん

 

楽になってる

 

 

 

生きてる。生きてる。生きてる。

ほんとうのきもち

わたしの育った家は、祖母も母もアルコール依存症で、祖父はそのことに無関心だった。

 

父と母はわたしが4歳の時に離婚した。

 

2歳半頃に、両親が別居して、母方の実家へ一緒に引っ越した。

 

途切れ途切れに、親子3人で暮らした記憶が残ってる。

 

無い方が、幸せだったかもしれないけれど

忘れられない。

 

わたしは、父が大好きで、母は愛されるわたしが妬ましかったようだった。

 

晴れたり、豪雨雷雨の極端な、

感情に無責任な母の性格に、

父の父自身の感情に無関心な性格に、

ずいぶん、傷ついて、育ってきた。

 

今日は、ずっと胸の奥に押し込めてきた、

 

わたしが、嫌だと感じていることをわかって欲しい。

 

その感覚が溢れて、溢れて、溺れている。

 

それは、わたしのこれからの、明日からの人生に

とても喜ばしいことだけれど、

今は、感覚が再現されてるみたいで、苦しく辛い。

 

わたしが、とても嫌だと感じていることを、

わかって欲しかった。

 

お母さん、お父さん、おじぃちゃん、おばぁちゃん、、おじさん、おばさん、、、

 

その感覚を、再現し続けた、

これまで関わった、すべての人

 

その人には、なんの責任もないけれど、

 

わたし、とっても、嫌だった。

嫌だと、言えなくて、

 

家族には、言っても通じなくて

 

ほんとに、辛かった。

 

 

 

 

表明できる強さ

集団の中で、他者に対して、

自分の状態を表明出来ることは、強さだと感じてる。

 

ニートなんです、引きこもりなんです、

鬱で、、不眠で、被虐待サバイバーで、、etc...

 

わたしは、出来損ないのカメレオンみたいに、

困った顔で笑ってるぐらいしか、

 

まだ、出来ない。

 

もしもの無共感な反応に、対応出来る程の精神的な体力(耐力、筋力)が今は無い、

リスクを取ってでも、今はまだ、もう少し時間がほしい。

 

 

表明したら、あとから見捨てられ不安の大時化がやってくるから、表明はホドホドにするように心がけている。

何度か傷つく事を覚悟で、表明を試したけれど、

もう少しリハビリがいるような気がした。

 

ネットでも、リアルでも、ある程度の個人情報を開示している場で自分を表明出来ることは、ほんとうに強い、強い事だと思う。

 

素晴らしい事だと思う。

 

わたしも、そんな風に出来る日が、

そう遠くない未来に来るといいな。

 

ランキングから訪問してくださってる方が居るようで、どうもありがとうございます。

 

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最近、本の運が良い。

 

痒いところに手が届くような本に出逢えることは、本当に幸せなことだと思う。

 

心理や、毒親関連の本を何冊も手にしたけど、

同じような本でも、ぴったりくる本はなかなかない。

 

一周回って初歩的な本に、大切な事が書いてあったりする事にびっくりする事も多い。

 

心の回復を望んでいても、否認が働いてなかなか進まないなんて事がザラにあるし、

否認が働いて、大切な所を読み落としたり、

合わないと感じたり、

要するに、表面的には回復を望んでいても、深いところでは現状維持だったんだと感じている。

 

【子どもを生きればおとなになれる―「インナーアダルト」の育て方/クラウディアブラック著】

 

今はこれを読んでいる。

 

読んでると、本当に色んな事を思い出すし、

なかなか外れなかったものも、外れたり表面化したり。

傷の再体験は、その時間とても辛いけれど、

きっと、とても大切な事だと感じる。

 

 

 

 

 

 

 

認めて

私は、親に存在を認められなかった。

 

全くとは言わないけれど、

 

生きていくのには、足らな過ぎた。

 

誰かが褒められている所を見るのが、

 

正直、今でもとても辛い。

 

身体中がヒリヒリと、全身の毛が逆立って

 

羨ましくて、そんな風になるのが辛くて、

 

認めて貰えない、寂しさ。

 

友達や同級生の親にも、随分嫉妬した

 

出逢った、回数だけ。

 

 

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集団からさようなら

集団からドロップアウトして、もう20年近い。

改めて年月を感じると、すごい時間だと思う。

 

この、すごい時間のあいだ、落っこちた谷底で

もう誰もいない、あの崖を眺めて暮らして来たみたい。

 

どうして、落っこちたんだろう、這い上がらなければいけない・・・

 

ここからは無理っぽいから、今度はあそこから、

 

あぁまた、ダメだった。

 

次はあそこから登ってみよう。

 

そうやって、いろいろ試した結果、

 

どうやらここは谷底ではないみたい。

 

好きなように楽しく暮らしているヒトが、沢山いる気がして。

 

自由というより、好きに、という表現が、私はいい感じかなぁって思う。

 

それは、自由になりたいと求めて求めて、生きていたけど、

あんまり自由じゃないように私には見えていた、祖父の影響がある。

 

自由に強迫観念を感じるから、私は、好きに、としておこうと思う。